昭和52年05月04日 朝の御理解



 御理解 第71節
 『ここへは信心のけいこをしに来るのである。よくけいこをして帰れ。夜夜中、どういうことがないとも限らぬ。おかげはわがうちで受けよ。子供がある者や日傭取りは出て来るわけにゆかぬ。病人があったりすれば、捨てておいて参って来ることはできぬ。まめな時ここへ参って信心のけいこをしておけ。』

 ここへは信心の稽古に来る所と。これは教祖様のお広前、同時に全国にあります教会のお広前を指したもんでしょうけれども。所が本当にあの、稽古のできる教会というのは、そう私は沢山ざらにはないと思うです。本当のことが教えて頂けれる、言うならば教会は、沢山はないと思うです。これは本当に、お道の信心させて頂く者が、言うならばお徳が頂かれ、おかげが受けられ、日々言うならば安心した生活ができれる程しの信念と、いわゆるおかげが伴うた、おかげの頂けれる信心。
 そういう信心を教えて頂く所というのは、ざらにない。いや取次ぎをされるその先生自身が、師匠そのものが、そこのところのおかげを頂いておかなければ、私は稽古に通うても無駄だと思う。それはね、金光大神の看板を掛けてあるのですから、金光教という看板を掛けてあるのですから、金光大神の働きがあってることだけは間違いない。だからそれはそれなりに、猛々しそうにその教会でおかげを受けておるという、そこの教会を維持していく為の信者がたが、やっぱおられる事は事実です。
 けれどもその、稽古ができる。ただお参りをする稽古とかね、大祓やら拝詞やら祈願詞やらを奏上する稽古だけなら、どこででもいいでしょうけれども、それならばわざわざ教会であることはいらない。「ここには信心の稽古に来るところぞ」と。これはだから、金光大神の働きが、生き生きとあっておるというだけではなくて、そこの言うなら先生ですよね、信心を教えて下さる先生の信心如何だと私は思うです。
 いくら十年参っても、二十年続けて参っても、ひとつも稽古もできない、人もできないところもある事実が、いわば証明するわけですね。だから合楽は、そういう意味で信心の稽古にみなさんが本気でくるならば、もう次から次と一つの事を体得したら、次の信心に進んで行けれる、飛躍して行けれる信心が教えられる。というとまあいかにも私が合楽教会の自慢をするようですけれどもね。
 これは私自身が稽古をさせて頂いておる、その稽古の言うならば後を辿って下さるのがみなさんですから。その気で信心の稽古をして下されば、合楽での信心の稽古が、まあできると私は思います。昨日は梅の実会で秋永嘉郎さんところの奥さんね、由起子さんが発表しておりましたが。今度末永先生があちらへ発ちます時に、同じ車で自分が乗っとったのか主人が運転したのかですけれども、一緒にここから福岡の飛行場まで行く間に、大変おかげを頂いたという、いくつかのお話をしておりました。
 その中に少しばかり行き出したげなら、公子さんが子供をおんぶするあの、何ですかね。仕付帯というですか。それを忘れたから、「すみませんけれども、もういっぺん引き返して下さい」とこう言うたそうです。そしたら建郎さんが言う事は、「絶対引き返さんぞ」と言ったそうです。もう私はそれを聞いた時にあの、素晴らしいと思うたという話をしておりましたね。まあだ二人の子供がどっちもその、眠りでもしたらおんぶしなきゃできない子供ばかりね。
 それは「もう合楽ってんなんてんには振り向きでんせんぞ」と言った様な意味じゃないわけですね。ここで稽古をして、公子何を稽古してきたかというのです。お前十年も一生懸命稽古をしてきて、何を稽古してきたか。そしたら先生あちらへ着かせて頂きましたら、あったそうです。持って行っとったそうですね。もうほんとに末永先生の信念には頭が下がった。そう言う様な事が、行くまでにいくつか、いろんなことで出会ったという話をしておりますね。稽古ができるとそう言う事になる。
 今ここに来ておりますが惟はあの、高瀬ひろ子さんから来た、ひろ子先生からもう惟はもう絶対です。勿論ここで信心本当の信心を教えて頂いたというのでしょうね。大体上熊本の信者、そしておばさんであるところの山口県の、あれは何ち言いよったね、山口県の行ったじゃないの。高瀬ひろ子さんのおばさんにあたると。でそこからそこで修行して、した事になってそこから学院に入って、教師の資格を取りました。
 もう熊本中の先生方がみんな反対をしてから、だからひろ子さんは熊本では教会布教はさせんち言うたね。だから自分でご本部へ直接行ってから、ご本部直属の教会を造ったんですからね。まあだあの時が二十、高校卒業してからすぐでしたからね、学院に行ったのは。そして現在あのようなおかげを頂いて、小さいながらもお広前を一軒新築してから。そして、いわば沢山の人が助かっておるんですね。
 合楽にはあるちょっとした事情があって、まあちょっと足を向けられない様な事を、まあと言う事もないけれどもその、ちょっとしたことがありましたもんですから、中々お参りは年に何遍かして来ませんけれども。お月次祭度に三千円の鯛を一匹ずつお供えして下さいといつもこれは絶対です。もう絶対為替で送金して来る。月次祭度に三千円の鯛を一匹ずつお供えして下さいね。いわゆる彼女の信念ですね。
 そういうものをそういう絶対貫かせて頂けれる、そういうものを合楽で教えて頂いたという、彼女の私はお供えだと思うんです。おかげ頂く者はだから違うです。もう五年経ち十年経ちしたらね、段々疎かになっていくもんです。いわゆる「貫く」です。そういう稽古を、なら合楽でさして頂いておったと言う事でありますね。「あんた、もう布教に出たならば、月次祭だけぐらいちゃんとお供えばせにゃ、忘れはしなさんな」と言うて私が教えたわけじゃないね。
 そういうものが貫き通されておる、そこにはねたくさんの人が助かる。これはえらいですよ、女の身であなた。いわゆる、熊本の周辺の教会誰も判を押さなかった。だからいいっちゅうてから、本部へ直接行ってから、本部直属の教会ですよ。小倉と同じ事です。だから、小倉が本部直属ですね。ひとつの信念を貫くと言う所がね、素晴らしい。そういうものを育てて頂いておる。おかげを頂いていっておる。
 昨日は熊谷さん処の謝恩祭です。毎年年々歳々ほんとにもう何というですかね。それこそ「親先生のおかげで」という真の信ずる力というものが、もうほんとにいよいよ育っていかれておる。それがああしてもうほんとにお祭りの端々、隅々までそういう思いが込められたお祭り。いつもそうですがそれが年々歳々ほんとなものになって行く様な感じです。昨日私はここで私頂く前に、福岡から倉本さんという、石井建二さんの奥さんのお母さんが、熱心です、に信心されます。
 テッセン花という花を植えられたところが、なかなか開花し花が咲かない。花がそしてその段々花が沢山にならない。段々むしろ減って行く様な花だそうです。それがその一輪見事に咲いたというので、昨日参拝の時に、わざわざその一本のテッセン花を持ってお参り、お供えしておられます。見事な花ですね。大きな紫の花が咲くんです。まあ共励殿に私の一輪挿しに挿しております。あちらへ参りましてから、そのテッセン花を御祈念をする度んに頂くんです。
 もう私はそのテッセン花という花が、どういう字でテッセン花と書いてあるか知りませんけれども、私は私なりに「鉄の扇の花」と解しましたね。鉄の「セン」という字は「扇」ですねの花と。ほんとに頂けば頂くほど、熊谷さんの信心は鉄扇花的なお花です、信心ですね。あの大きなお家でもうそればってん楽しかろうと思いました。もうご自分の部屋お神様の部屋もう私の書いた短冊であり、大きな額であり色紙であり。
 そういう物に取り囲まれて、親先生の装束の姿が違い棚に飾ってあって、ちょっとお供えがしてある。勿論霊神様と神様の真中には大黒様が、それこそ大黒様の、あそこには昔からある、もう銅で作った大黒様です。もうそら器量は悪かばってん何とも言えん顔してござるです。ここでは「大黒様、大黒様」とあの言う様になった時に蔵の中から出てきたと言うてここへ持ってみえました。
 あの大黒様を親先生として拝ましてもらうようになって、その次でした、千何百万というお金が入ってきたんです。もうほんとにあの、まあ以来というわけ、それ以来っていうわけじゃありませんけれども、いつも必要な時に必要な、これは物でも金でもおかげを受けておられる方です。まあ自分が休まれる部屋だろう、そこの部屋もいわばほんとに合楽調に、調度品から何からしておられます。
 しかもほんとにそれは娘さんがたがね、みんなようできた方ばっかりですから、ちょいちょいみえてその、お小遣いを持ってきたり、いろんなものを、まあ持っておみえお母さんが一人ですからね。けれどもこれはもう強がりではなくて、ひとっつも寂しくはないと言われるんですね。もうそれこそ千万人の味方よりも、もっと有り難い神様をここに頂ききっておられるからですね。もうやんがて八十に手が届くほどしのおばあさんですけれども、それこそ根性が違うです。
 もうこれはもう、もうそれこそもう不思議な働きを日々頂いていかれるです。もう合楽が、椛目合楽を通して二十七・八年になりますが、その間いわば吉井から毎日日参をされました。以前は九大線で草野駅から降りて、そしてあの暗い中を椛目に通うてみえた。なるほど始めの間は、ただ自分の願い言うならば息子さんの大学受験のことでお参りなさったのが始めてですけれども。
 それ以来ね、言うならば浮羽高校であの、「熊谷君はもう絶対」と太鼓判を押されたほどしの、言うなら頭の良い息子さんでしたけれども、三年間すべったね。だからもうほんとに、途中で止めようか、と言った様な事だったけれども、二年目になり三年目になった時にはもう、どっこい信心が身に付いておったね。ほんとにそのことが有り難いと、いわばお礼が言えれるようになった。そしてほんとに三年間遅れなければならなかった訳が、就職される時にいよいよ分かった。
 ちょうど十日ぐらい前でしたけれども、もうすごいボロボロになったごとある感じの手紙を持ってみえました。それがその則郎さんが大学卒業して、今の何とか生命ですかあれは、海上火災ですか。日産ですかね。もうたいへん有名な火災保険。そこに就職した時に、それこそもう今年は就職できないって言う事になったところに、もう不思議な不思議な働きが起こって、「採用するからもういっぺん面接したい」というて、会社から言うてきたことを、綿密に手紙に書いて。
 「お母さん、神様のおかげで、お母さんのおかげで」といっぱい書いた手紙が出てきたんです。それで私その当時見せてもらったけれども、また改めてあの「則郎のあの時の手紙が出てきましたから」というほどしのおかげを頂いた。三年間遅れなければ、現在のところへ就職ができないと言う様な事であった。その一事じゃない、他の事もそうであったね。いわゆる信念な人成程鉄扇花。
 どんな事があっても揺るがない、もう途中で止める事がない。貫き通される二十何年間ね。「元気な心で信心せよ」と言う事は、「はあ」っと言われるごたる勢いで信心するかと思うとすっとする。それは元気な心ではなくて、しいら元気だと言われる。元気な心とは、やはりくじける様な事がある時でも、そこを貫く心が元気な心だと。その「元気な心で信心せよ」という信心をまるきりその手本のような信心を続けられて、もう何一つも不自由のない生活。いや子供がおらんから孫がおらんからと。
 もうそれこそ晩休まれる時でも、二十巻ずつ大祓をあげられる。もう有り難い有り難いの一念で休まれる。明くる日はまた早う起きる。昨日一昨日でしたか、近所に非常に根性の悪い、人の悪口をポンポン言うばばさんがおりなさるそうです。それでもまあめったに会わんけれどもその、その当時足が悪かった。「熊谷さんばっかりはもう、足ちんばちんばしてから、そうにゃじゅうねつ参らっしゃる」ちゅうてからその、そのばあさんが言いよりなさったそうです。
 それが二・三日前ですもんそのばばさんが向こうからもう、それこそちんがちんがして来よりなさるげな。そして、「熊谷さん、あなた信心しなさるけん違いなさる」ち「ほんと毎日毎日合楽通いで良かですね。もう私はこげなふうになって」て言いなさるけん、もう私はおかしゅうしてこたえんじゃった、というふうなお届けが、できなさいますぐらいに、健康の上にもおかげ頂いてるね。体の丈夫を願いね、家庭の不和のなきがもとであることを願い、子孫繁盛家繁盛を願い、その為になら御用なら御用。
 もうそれこそ十年祭の、記念祭の為の御用がずっとできていきよるね。ほんとにお役に立ちたいという一念。息子に願いがかなえられなかったから、いわゆる長男の孫をどうでも、道の教師にお取立て頂きたいという願いが毎日ありますね。あまりに言うなら激しい信心ですから、娘達やら子供達が付いてくれなかったけれども、この頃は、段々理解しておかげ頂くようになり、だけではない最近はもう「熊谷さんのおかげで助かった」という人達が、あそこへ集まって来る様になったね。確かに鉄扇花です。
 もうその「鉄」と言う事は、言うならばあの何と申しますかね。「確固たる信念」という感じですね。「扇」というのは、もう広がりに広がっていくと言う事ですね。だから例えばこれは、ひろ子先生の場合でも、末永先生の場合でも、今の熊谷さんの場合でもね、稽古を信心の稽古にくるという、その稽古が的確にはっきりできて、言うならば信念にいわば満ち溢れるような生活が、段々出来て来ておると言う事ですね。
 末永先生のことと言い、ひろこさんのことと言いね、熊谷さんの信心と言いですね。そこでですそんなら、その三人三様の方達が、どこをどういうふうに頂いたかと言う事です。何でも稽古「信心の稽古、信心の稽古」と、参ってきさえすりゃ信心の稽古っちゅうことじゃない。毎朝毎朝、御理解を頂いておるからそれが稽古になると、勿論ならその毎日毎日、あらゆる角度からいろんなことを頂くけれども、そのなら稽古の芯になるものはどこか、と言う事ですね。
 言うならば、神様の御働きの中にはですね、「氏子を助けずには、幸せにせずには、いや、円うせずにはおかんという働きのみしかない」と言う事なんです。「一切が神愛」とね。それがいわば誰よりも垢抜けした、そこん所に焦点が置かれての信心の稽古であるというのですから、もうスッキリしたものです。信心がね。どんなことがあっても驚かんで済む、どんなことがあってもね、おかげになると確信しておる。
 どう言う事であっても、それが神愛だと、いわば思い込ませて頂くほどしの信心が、いわばだんだんできあがってきて、もうこれは限りがないことですから、限りなくそれを進めていき、いわゆる「鉄扇花」ね。扇の末広にも、おかげが広がるよりも信心が広がっていくのですいよいよ。しかも確固たるね。どんな場合であっても、「そらおかげですが」と、言うならば熊谷さんにしろ、高瀬ひろ子さんにしろ、熊谷さんにしろ、それが言えれる信心を身に付けられたと言う事です。
 ほんとに神愛かどうかと、ほんとにと言う事を、一言二言の体験ではない、もうたくさんの体験から、それを確信することができられるほどしの信心を身に付けられた。信心の焦点がそこに置いてある。「何でも稽古の焦点」というものがね、いろんなだだ広、言うならば信心が分かっただけじゃいかんね。神様と私どもが、貫き通う、ひとつの道を辿らして頂かにゃいけん。
 だだ広ばっかり信心がなってね、貫くものがないという人がたくさんありますよ。こらもう、和尚んごたることばっかり言う人がありますよね。あげんとは信心がだだ広になっとるだけ。こう天地に貫くという一本芯が通っとる。例えばひろ子さん達の場合なんかはそれですよね。そういうものを頂けたね。手続きも違えば、なら実際は体は年に何遍かしか参ってこんけれどもです、そういうものを頂いたのが合楽であると思うからこそ、なら、月次祭の度に鯛の一匹ずつでもお供えしなければおられないと言う事も。
 しかも長年続けておると言う事に、なら高瀬ひろ子さんの信心があるようにね。なかなかできませんです、普通の者なら。段々始めはしよるけれども、段々薄なっていくですね。それがもうそれこそ微動だにもせん。それが貫き通されていく。そういう信心をいわば身に付ける。いわゆるそういうおかげ、そういう稽古を合楽で、それこそ目の当たりに見たり聞いたりしながら、神様の間違いなさを体得した。そしてそこに、答えが出てくると、もう一切が神愛ね。
 その一切が神愛であると言う事をです、確信できれることの為に「合楽理念」があるのです。合楽理念は、こんなにも間違いがない、一切神様の御働きの中にあって、その御働きは、「氏子幸せにせずにはおかん」という働きだけしかないということをね、合楽理念は説くわけです。「まめな時、ここへ参って信心の稽古をしておけ」とね。まめな時言うなら、自分の心が生き生きとしてね、「ほんとの神様を頂きたい」という一念に燃えておる時にです、それを頂いておく。
 それを言うなら「おかげはわが家で受けよ」末永先生は、ブラジルの地で、合楽で稽古をさせて頂いたその信心をもとにして、これからおかげを受けていくことでしょう。ひろ子さんだってそうでしょうね。おかげはわが家で今受けておる。そういうおかげを受ける人達の心の底にあるものは、「合楽は私の信心の故郷である」と言う事をほんとに信じておる人達ばっかりです。自分の心を育てて頂いた。私の教会は上熊本教会で、又は出たのは山口県のどこどこ教会でね。
 末永先生なんかは、生まれは壱岐の教会の息子として生まれた。けれども「信心を育てて頂いたのは合楽だ」と。それこそ言うならば、郷愁にも似た心の故郷であると言う事を確信して、それを思い込んでおるね「合楽にはもう振り向きもせんぞ」というのじゃなくてね、帰らないぞね「一度合楽を出たからには、もう帰らないぞ」と例えば「どんなに布教が難しかっても、決して引き返すような事はしないぞ」という意味なんです。
 心は自分の信心の故郷ですから、それこそ飛び立つ思いで合楽には来たいところなんです。けれどもならひろ子さんの場合は、ある事情で来られませんけれどもね。朋のお月次祭には、というその思いをここに込めておるね。末永先生あたりは、もう合楽には帰らん、そういう意味じゃなくてね、心の故郷として、神様合楽を心の底に置いておるから、いつまで経っても変わらん信心ができるというのです。そんなに故郷というものがいくつもあるはずはありません。
 けれども私の信心を育てて下さった、生みなして下さったのは合楽だと思うておるからできる。そういうものが動かないものがね、そこにあって始めてそこに信心の土台ができたというふうに言えるのじゃないでしょうか。いろんなこと教えてもろうたとね。おかげを頂いておる。けれどもいつのまにかそれは、まあ勤めると言う様な事でも、疎かになっていくと言った様に、もうそれは心の故郷自分の心の郷だと思うたら、そういういわば貫き通さしてもろうて、大事にしなければおられない事になるですね。
 みなさんの信心がほんとに育ったら、やはり合楽はみなさんの心の故郷だというね。それこそ慕わしゅうして慕わしゅうして、事情で例えば来れないことになっても、やはり自分の、ね、心の故郷としての憧念の心を燃やすことができる。そういう稽古をです、いわゆる的確に身に付けていく、そういう信心をさして頂きたい。「ここへは信心の稽古へ来るところだ」そういう意味で。
 ここへはみなさんが本気で信心の稽古をと、思うて出てみえるならばです、必ず神様がね、ほんとに稽古をさせて下さると思うですね。しっかり信心の稽古をさしてもろうてね、動かない鉄線花的な信心を身に付けていかなきゃならん。もちろん鉄扇花というのは、紫の大きな花です。いわゆる安心の、どんな場合であっても心配いらんよと、安心しておれれる信心をひとつ身に付けていかなきゃいけんですね。
   どうぞ。